2010/10/24

最後のレポート

蘇州三日目は雨に見舞われた。
雨の観光ほどしんどいものはないのでユースのラウンジで一人、ぼーっとしていた。
むろん前日の酒の影響もあるのも否めない。
サービスカウンターにあるパソコンで、近所のガキが入ってきてゲームしたりいたずらしている。
それよりもここのユースは従業員がユースの客室のドミトリーに泊まっている。
なかなかユニークだ。

ぼーっと過ごして、そしてチェックアウト。
もうそろそろ帰路に入らなければならない。
ところで蘇州から天津行きの切符の争奪戦ほどしんどいものはない。
蘇州から天津は当然のように無座も売り切れ。
比較的本数の多いラインをねらうしかない。
すなわち上海から北京のラインだ。
それでも残った選択肢は硬座席で20時間コース長距離ローカル、煙たくて環境劣悪の切符。
もうひとつは、無座席だが比較的綺麗な車両の10時間コースだ。
共に夜を越すのも前提となっている。 わしは迷った。
しかしどちらかの選択肢を呑むしかない小生は無座10時間コースをチョイス。
いざとなれば床に転がってねればいいのだ。 実際にそれに乗ると、思いのほか快適で、無座切符の人もウジャウジャといるんだろうなと思っていたら自分含め四人しかおらず、床を贅沢に寝床にできた。
ひょっとして座席よりよかったかもと思うほどだ。
動車組には妙な売り子もこないし車内販売も控えめで随分と行き届いている。
まあそれでも快眠とはいえず、北京南駅に到着。
引き続き北京南駅から天津行きの切符を購入。
本数が多いのと朝早かったのであっさり切符ゲット。
ちなみに話が前後するが、上海、杭州、蘇州などでは4日以内の切符しか買うことができず、
例の究極の二択は上海初日に到着してソッコーで切符を購入しにいった時の残りの選択肢だったのだ。

さて、それにて午前中には天津についていたのだが、日本へ向けたフェリーの出航は夜遅くだったのでまだまだ時間がある。
天津はあくまで出入航の拠点としか思ってなかったので観光も考えていなかったがせっかくだから出かけてみる。
どうせ天津新港にいくのだからとその近くにある海河外灘公園に行く。
ガイドブックにのっていたのだが、ただの少しだけ広い公園があるだけだった。
気を取り直し、近くに砲台が遺跡としてあるらしいのでタクシーで向かうと随分と辺鄙なところにあり、例によってタクシー拾えるところではなかったので運ちゃんに待機してもらう。


砲弾が海に向かってひとつあるだけであとは小さな弾が沿えて飾ってあるだけであった。
タクシーに戻ると砲弾が好きなら空母の実物を見れる博物館があるといわれ、他に面白そうなところもなかったので行ってみた。





ここはたしかに凄かった。
だが例によって移動費用が重む。
さらに出来たばかりの海洋館があるとのことで行ってみたら子供用の水族館であった。
(-公-、)
まだまだ出航まで時間があったがもうフェリーターミナルへ足早に戻ってきた。
それにしても寒い。
上海では半袖Tシャツ一枚だったのが天津でいきなりジャンパー着込むほど。 今現在天津フェリーターミナルで震えながら待機中。

以上で、中国からのチラ裏中継レポートは終劇。

2010/10/22

蘇州3

引き続き今日も蘇州探索。 今日はまず盤門というところに移動。
古い城門があり、ここが最も水郷らしい風景が見られる。


運河、水門、検問所などが見事に水郷らしさを醸し出している。
また、ここもやはり観光船が運河を廻っており、船頭が中国らしい歌を披露しながら船を漕いでいた。


少し整備されすぎてはいたが蘇州のなかではかなりよかった。 次に滄浪亭へ。
ここは少しシンプルな庭園で観光客も少なく、落ち着いて観光出来た。


静かで椅子に座り、ぼーっと運河を眺めて過ごせた。 さらに続いて網師園に。
ここもやはり同じく庭園。
ガイドにきちんと話を聞けばいろいろ楽しいのだろうが、見ただけではよく分からなかった。
普通の庭園だ。


また、なぜかここは欧米人観光客がものすごく多くて落ち着かないため、早々に離脱。 これで蘇州のたいていの見所は制覇したか。


2010/10/21

蘇州2

蘇州のユースの初日の晩。
ドミトリーに泊まってると今度はウルムチから火車硬座で蘇州まで来たというツワモノと同室になった。
(ウルムチから蘇州まで三日は掛かる)
ウルムチに住んでいるという漢民族の学生の若者で、旅行で蘇州、南京を回るとのこと。
彼とは酒を飲みながらだらだらと話したが酒のせいであまり話の内容について記憶になくなっていた。
ちなみに小生毎晩白酒でむろん今も白酒飲みながらのカキコミ。
文章構成が幼稚なのはそのためだ。 翌日、若者は南京へ、小生は蘇州を探索。
水郷で有名な蘇州だが、見所も水郷に纏わる庭園の数々。
まずは虎丘という庭園へ。
斜塔が有名で地盤沈下で3.5度傾いているとのこと。


また水郷らしく庭園を囲んだ運河に風情のある観光船が流れる。
さらに中国らしい廟もたくさん鎮座。
ここはかなりよかった。 引き続き、留園という庭園へ行く。
ここは大きな池が美しくそこにある建物を映す。
水郷のイメージとは少し違うが、様々な岩のオブジェがいろんな話を伝えていて面白い。
さらに日本人観光客も結構いて、こっそり日本語ガイドの説明を盗み聞き。 さらに次は北塔報恩寺へ。
ここはあまり観光客はいなかったが孫権に纏わる寺で名前の通り塔があり、実際に塔に入って登ることも出来る。


上からは街を一望できるがかなり怖い。


柵が頼りなく、風が強く、気のせいかゆっくりと揺れている感じがした。 続いては、拙政園へ行く。
ここも広い庭園でやはり池や建物などが美しい。
しかしながらもはやこういくつも庭園をハシゴするとどこも同じように見えて来る。 次に獅子林に行ったが観光客が多すぎて門の前で行列が出来ていたのでスルー。
そのまま藕園へ。
ここもやはり庭園なのだがもはや、完全にどこの庭園も違いが分からない状態に陥る。 もう今日は庭園はいいや、という気分になり、桂花公園というところに移動。
大きな川沿いにあり、城跡のようなところもありなかなかいい。
また、そこで凧揚げに必死なおじさんの様子をマッタリ眺めていた。
なかなか凧が上がらなくて風の方向を読んだりと試行錯誤していた。 さて、明日もまた蘇州巡りだ。

2010/10/20

蘇州

上海から今度は蘇州へ移動。
14時発で火車でちょうど1時間で来る。
動車組だと30分ちょい。
さらに上海には車次Gの頭文字で始まる高速鉄道がある。
車次Dの頭文字の動車組より早いのかしら。 さて、蘇州に到着。
蘇州駅は大規模な工事が行われている様子で、多くの場所が工事用の壁で覆われていた。 蘇州でもやはりユース。
上海ではドミトリー80元だったが蘇州では40元にまで下がった。


また、ユースの服務員の小姐が日本の漫画が好きらしく、漫画の話題で盛り上がった。
さて、ここでしばらく東洋のベニスを楽しむとするかのう。

2010/10/19

上海

杭州から上海までは動車組で2時間もかからない。
杭州を正午前に出発し、午後2時前に上海南駅に到着。 やはり上海は人が多い!
今までのどの街より人が多く、そして活気がある。 まずは宿を確保するため、地下鉄で南京東路へ。
そこにあるユース船長青年酒店のドミトリーを確保。 しかし上海は物価が高い!ドミトリーでも一泊会員価格で80元もする。
他の倍以上だ。
まあ致し方ない。 気を取り直して上海の繁華街の外灘を散策しに行く。
宿からわずか三分のところにある。
よくテレビなどでみる上海の風景がそこにあった。


しかしまたここも人だらけ。 また、南京東路の繁華街を散策していると、ふたりの中国人女性が何気なく気さくに話しかけてくる。
「どこから来たの?」「私達も上海を旅行してるの」などなど。
なんだか、すこし怪しい匂いがする。
適当にあしらって足早に振り切ったが相当しつこく纏わりつかれた。
あいつらは一体なんだったのか。。。 宿に戻り、宿の最上階にあるバーで今度は夜のライトアップされた外灘の風景を眺めて飲みながらのカキコミ。


武夷山~杭州

武夷山探索二日目。
まだまだ武夷山風景区にはみどころがたくさんある。
残りを見て回ろうと、またタクシーを拾う。
すると、例によってまた武夷山風景区よりいいところがある、と運ちゃんにそそのかされる。
なんでも滝がきれいな名所だそう。
中国では滝はあまり見れなかったので、興味を持った小生は言われるままにそちらへ向かう。
場所の名前は「玉龍谷」。
武夷山風景区よりもずいびんと離れたところにあり運賃もかさむ。
しかも、その場所はかなり辺鄙にところにあり、見所も玉龍谷以外ないため、観光客はほとんどいない。
あまつさえ、そこではタクシーが拾えないため、おなじ運ちゃんに帰りも頼むことになる。
一本取られた。。。 ただ、観光客は10人くらいしかいなかったが、それなりに滝は迫力あり、そしてマイナスイオンたっぷりの空気もおいしかった。


ひとつの場所にあれだけ鮮やかな滝が連続しているというのはなかなか珍しい。
多少運賃はかさんだが悪くはなかった。
また、武夷山独特の岩茶畑が壮観で、景色もすごくいい。



さらに運ちゃんにせっかくだから武夷山の岩茶を飲んでいけといわれ、雰囲気もよかったので武夷山二回目の茶屋へ。
そこの小姐に、またウーロン茶についていろいろ教えてもらう。
また、武夷山では毎年一回開かれる由緒正しいお茶の大会なるものがあり、それぞれの茶工房の人たちが参加し、何杯淹れても茶葉が劣化せず、淹れれば淹れるほど味が濃厚になる茶葉がいい茶葉で、優勝すれば茶王の称号を手に出きるという。
ここの茶工房は、過去2回優勝しているとトロフィーも見せてくれた。 また、この工房では様々な種類の茶葉を生産している。
漢方薬のお茶や、老茶といって長く寝かせたお茶などほかにも多種多様だ。
ここで、半斤の茶葉をお土産に購入。
結構いい値段だった。。。


それから、武夷山駅に戻り、夕方6時頃に火車硬座で杭州へ出発。
夜中の2時頃に杭州南駅に到着。
杭州南駅には、ホテルの類はほとんどなく、ここからさらに20キロほど離れている杭州駅近辺へ移動しなくてはならない。 そこでちょっとした事件が勃発。
火車を降りると大抵どこの駅でも客引きがいるのだが、杭州でも例に漏れず客引きがやってくる。
30歳前くらいの若い兄さんが、車を出すからと、しつこく迫ってくる。
無視して、正規のタクシー乗り場へ行き、タクシーに乗り込むと、先ほどの若い兄さんが、
「俺の客を取るな」と、正規タクシーの運ちゃんを威嚇し、車を出させないように車の前にはばかる。
そのうち、若い兄さんの仲間らしき人たちがぞろぞろ集まってきて、正規タクシーを囲む。
20人くらいの人数はいただろう。
そしてなにか罵り合いが始まる。
そのうち、激昂し正規タクシーの運ちゃんを窓越しに殴り始めた。
また、取り囲んだ20人くらいのチンピラたちが車を手でガンガンと叩き始める。
殴り合いの喧嘩も嫌いじゃない小生だが、さすがに20人からの相手は無謀というもの。
ただでさえ、日中の国際情勢も難しい時期。
ここは我慢我慢と思っていると、騒ぎを聞いた警察がやってくる。
正規タクシーの道を阻むチンピラどもに道をあけてやれというと、ようやくタクシーは走り出すことができた。
ただ、警察もあまりチンピラたちに強く言うこともなく、たよりない感じがした。。。
そこで、無事杭州にたどり着いた小生は、宿屋で休憩。
杭州は観光客が多いのか、ユースなどの安宿は客満で他の少し高めのホテルに泊まるしかなかった。
翌日、杭州の有名な西湖を探索。
すごくきれいで整備された街。
まったりと、西湖の畔を散歩。


また、河坊街という出店が並んだ歩行者天国、そして有名な印象西湖の表演も楽しんだ。 ただ、印象西湖に行く際、行き先を告げて走り出した後、タクシーの運ちゃんから、
「今日は印象西湖はやってないよ、それよりお姉ちゃんがいるところでいいことしない?」
などと言われ、一向に印象西湖の会場へ向かおうとしない。
このままでは本当に連れて行かれそうだったので、赤信号の停止時にタクシーから逃げ出したということがあった。。。
(もちろん今日は印象西湖はやってないというのも嘘。) また、他にも杭州でタクシーに乗っていると、交通マナー?のことでタクシーの運ちゃんとバスの運ちゃんで殴り合いの喧嘩沙汰に巻き込まれる。
またかよ、と思いながらも、めんどくさいのでタクシーを変えようとすると、タクシーの運ちゃんは、無料にしてやるから待て。証人になってくれ、と警察に電話。
結局、駆けつけてきた警察に事情を聞かれ、20分くらい罵り合いが続き、なにやら罰金らしきものをバスの運ちゃんが払って終わり、みたいな感じで幕を閉じた。
そのすぐ隣で、交通事故が発生していた。 杭州だけでも、交通事故は2件目撃。
中国を旅している中でも、10件以上の交通事故を見てきた。
もっと余裕を持って運転してほしいものだ。。。 とにかく、杭州いい街だった。
今日も少し高いホテルで、ホテルの備え付けPCから書き込み中。

2010/10/16

武夷山

南昌は特にどこも回らず、午後1時頃に武夷山へむけて火車で出発。
約6時間ほどかかった。
やはり硬座だが、国慶節が終わった今も大混雑。 今回の列車も物売りが凄かった。
ただでさえ大きな声なのに、さらにその上拡声器を使っての演説販売。
あまりの大きな声に寝ている人もビックリして起きてしまうほど。
ほとんど刑務所の朝の点呼のよう。
また、売りに来たのがタイガーバームのような軟膏。
たしか白虎膏とか言ったか。
また、一週間履きつづけても臭くならないという靴下など。
芸人みたいな語り口調で意外と面白い。 さて、夜8時近くにようやく武夷山駅に到着。
駅前広場で不思議な踊りをする集団がいた。
それを横目に適当な安宿に落ち着く。  翌朝、変な三輪車のおっちゃんに勧められ、龍井山というところに連れていかれた。 ちょっとした山の公園だが山を登り終えると一気に下る宙吊り型滑車がある。


これは正直バンジーより怖い。
なんせ滑車自体がかなりぼろぼろで、余裕で脱線して落下してもおかしくないような作りなのだ。
かなりの高さの崖を越えて一気に滑空する。


滑空時間は一分ほどだが乗り終えると足がガクガクと震えていたほど。
やはり怖くて辞退して下山道を迂回するひともいた。
地味に楽しめた。 2時間ほどそこで遊んだ後、次に三輪車の運ちゃんの家に連れていかれる。
武夷山は名茶の産地で特に大紅袍岩茶が有名らしい。
運ちゃんの家では大紅袍岩茶も生産しているとのことでお茶を煎れてあげるから飲んでいけとのこと。
運ちゃんの娘さんが本格的な茶器で数種の岩茶を煎れてくれた。


確かにうまい。
実際に茶葉を作る工程の様子も見学させてくれた。 この三輪車の運ちゃんもなかなかただ者ではないようだ。
三輪車の運ちゃんと茶葉工房の二足の草鞋とは非常にギャップが激しい。
引き続き、いよいよ武夷山のメイン観光地へ。 武夷山でも桂林と同じく九曲渓という河の河下りをイカダですることが出来る。
イカダは六人乗り。
切符は一人100元。
そのイカダに広州で行員をしているという小生とほぼ同世代の男女五人組と乗り合わせた。



さすが行員だけあり、船頭にチップまで支払っていた。50元ほど。 武夷山の河下りは桂林とはまた全く違った風景を楽しませてくれる。


やはり絶景。


河下り以外にも風景区を登山したり名所はたくさんある。


イカダを降りてからも五人組と一緒に登山や買い物などを楽しんだ。


彼ら五人組は次は黄山に行くとのこと。
小生も黄山は行く予定だったが、時間の関係で今回は断念。 やがて日も暮れてきたので解散。
なかなか充実した一日であった。

2010/10/14

桂林~長沙~南昌

桂林には三日滞在した。
漓江下りのほか、地味ではあるが桂林市内にある象山公園にも行ってみた。
象鼻山という巨大な岩山が漓江の脇にありその岩山が、象がまるで漓江の水を飲んでいるように見えることからその名がついたとか。



また、穿山という鍾乳洞が見られる公園も行ってきた。
こっちはかなり微妙。
だがなんせ桂林の岩山は心奮える。 ユースに戻るとドミトリーの部屋には小生一人。
ドミトリーなのに寂しい限り。
ところが夜遅く上海からきたという若者が入ってきた。
桂林には観光できたとのこと。
また仕事は汎用モーターの設計などに関わっているとのことで出張で名古屋、横浜にも行ったことがあるという。
日本の話や上海についての話で、夜、二人盛り上がった。  さて、桂林の次は長沙に向かう。
桂林を夜8時頃発車する寝台列車だ。
およそ9時間の列車の旅。 中国の寝台列車は座席番号と行き先の記載された切符を座席カードと乗務員により交換することになっている。
そして、行き先の到着1時間前くらいになると乗務員がやってきて、こんどはまた座席カードと切符の交換にやってくる。
今回もまたいつものように乗務員に朝5時前にたたき起こされる。
だがこのおかげで乗り越ししないで済むのだ。 長沙に着くと激しい雨。
まだ朝早くて空も薄暗い。
ひとまず、適当な店で腹ごしらえ。 少し空も明るくなってきたので出発。
長沙は学校大学関連をメインに散策する。
まずは長沙郊外にある湖南渉外経済学院。
ここは知人が通っていた大学で今は国際関係以外にもスポーツ、ゴルフやテコンドーなども盛んで、ゴルフ場もあるほど豪華絢爛。
引き続き、有名な湖南大学。
大学内にある岳麓書院は有名でここも探索。
さらには奥に岳麓山があり、愛晩亭など日本人にはあまりなじみがないが中国ではわりと有名な名所を巡った。


だが正直小生自身、あまりこの方面には疎く、価値がよくわからなかった。 長沙には夏と冬しか季節はなく、夏は蒸し暑く、冬はずっと雨で寒いというちょっと過ごしにくい環境だ。


長沙の雨の中の探索はこれまでにして、午前11時半に長沙から今度は南昌に向かう。
動車組でおよそ3時間の移動をする。 南昌に着くと、ここから出ている武夷山行きの切符を買おうとしたが当日発は時間切れで明日昼発の切符を購入。 今は南昌の宿でマッタリ中。


南昌はどこか見所あるのかしら?

2010/10/11

桂林

成都からまた列車で丸一日以上の移動。
寝台車に乗り合わせた若い女性に何故か切符の交換を求められる。
切符には切符を買った駅の場所が印字されるのだが、彼女の買った場所は成都ではなく別の駅で買ったものだからだという。
よくわからないが行き先も同じだったので承諾。 そして桂林に到着。
少し薄曇りの桂林に夕方到着。
緯度は多分台北と同じくらいか。
蒸し暑い。
しかもなんとまだ蝉が鳴いている。 桂林での宿もやはりユースで駅前にあり便利だ。
ドミトリーにはアメリカ人のパッカーがふたり泊まっていた。
だが規模が大きいわりには全体的に人が少ない感じ。 翌日、朝から桂林名物漓江下り。
ユースが手配している150元のコースをチョイス。
上海から中国各地旅行をしているという上海人中年夫婦と乗り合わせる。 四人乗りの小さなエンジン付きボートで漓江を下る。
絶景だった。


昔から憧れ続けてきた桂林の山々がまさに目の前に広がる感動。


やがて小さなボートは陽提という船付き場に着きそこからはバスで陽朔というオシャンティーな街へ向かう。


なぜかアメリカンな街。
欧米人もちらほら。
そこでも中年夫婦と一緒にブラブラする。


そこからまたバスで桂林駅のほうへ戻る。
なかなか充実した一日であった。

2010/10/08

成都2

成都三日目。
成都は見所が少し遠くにあるので、人民元のない小生は洗濯したり部屋に篭るのみ。
今日やっと両替手続きが再開され、ソッコー両替に行った。
中国銀行でのレートはおよそ一万円で780元強。
来たときより少し円高が進んだ様子。 早速、火車駅に行き、桂林行きの切符をゲット。
出発は明日午後4時頃。
24時間以上の列車の旅。
席も二等寝台車とまずまずだ。
本当は昆明にもいく予定だったが時間がそれを許さない。
昆明は昔行ったことあるし今は観光地化が激しいとも聞くのでまあいいか。 また引き続き、成都の繁華街に出掛け、ユニクロで下着などを購入。 ところで、日本人の成都滞在者に聞いたのだが、成都にある日中友好会館にて日本語を勉強中の中国人と成都滞在の日本人とで語学交流会が開かれているとのこと。
日本人数人に対して中国人は大勢で、なんと日本人には一日50元のバイト代まで支払われるらしい。
次回開催はあさって日曜日らしいが残念ながらすでに切符購入してしまったので参加できず。
これには正直参加したかったわい。 今日もバーで昨日より少し贅沢な酒菜で飲んでいる。

2010/10/06

成都

鄭州から24時間くらいの列車の旅を終え、四川の成都に到着。
国慶節も終わりが近づいているせいか、成都駅廻りは北京駅以上に混雑。 そろそろ人民元も底を尽きそうなので、まずは中国銀行に向かう。
ところが国慶節のため両替はやっていないという。
窓口に人が居て外の手続きは出来るのに何故か両替はできないという。
八日から出来るというので仕方なく退却。 成都で有名なゲストハウスシムズコージーに向かいドミトリーを確保。
このゲストハウスは世界のパッカーにも有名でたくさんの欧米人であふれている。


またバーもあり、今日はここのバーで飲みながらカキコミ中。 人民元も少ないので両替再開までしばらくここで待機。

2010/10/04

鄭州

青島から火車の寝台車に揺られ約14時間。
非常に快適で楽しい交流があった列車の旅を終え、河南省鄭州駅へ朝の5時頃到着。 鄭州での目的はずばり少林寺!
少林寺に行くにはまず鄭州からさらにバスに乗り、登封というところに移動する必要がある。
約1時間半。
さらに登封から少林寺行きのバスに乗りやっと到着。


ところがついてビックリ人の数。


観光地化が進んでいると聞いてはいたがまさかこれほどまでとは。


厳かな少林寺のイメージは微塵もなく、もはやふつうのどこにでもある公園のようであった。


入場券がまず110元と高い。
また少林武術の演武ショーがあるのだが、途中途中で演武ビデオの販売が入ったりする。
これほど商魂逞しいと、もうどうでもよくなる。 まだ見所はあったようだがテンションは上がらずに早々に引き上げ。 鄭州には外にも太極拳発祥の地があったりするのだがそこは逆に観光地化されておらず、一見だけで行くのはリスキーなので今回はスルー。 また散々な鄭州の旅であった。 明日は火車で一気に成都に向う。
これまた寝台車でおよそ22時間の列車の旅。
もはや関口知宏中国列車の旅を目指そう。

2010/10/02

青島2

青島で過ごすこと4日目。
本来は居ても二、三日の予定だったが、いかんせん切符が手に入らず明日を残す合計なんと五日間の滞在となってしまった。
中国全土を廻りたいのに結構なロスだ。 今日は今日で、日がな一日青島市内をぶらぶらと歩くのみ。
また青島は観光地でもあるため中国国内の観光客も非常に多い。
どこを見ても人大杉。
渋谷の交差点並。 結局、青島市内にある大きな中山公園へぶらりと立ち寄る。
国慶節でお祭りをしていてここもまた人大杉状態。


中山公園内にある巨大な電波塔まで行ってみる。
こっちは人があまりおらず塔のふもとで長い間ぼーっとして過ごした。


ぼーっとしていたら冷えてきたので退却。
塔に昇ることなく。(だって値段が高い) あまつさえ電波塔のふもとに来るための索道(リフト)まであるがこれがまた高い。
むろん、これにも乗らずに自力登下山。 (もっとも乗るほどの距離はない) 中山公園からまた海岸沿いを歩き、海を眺めながら帰る。
むなしい。
ちなみにMさんは泰山へ旅行にお出掛け中。 明日はいよいよ待望の鄭州だ。
青島から鄭州まで火車でおよそ13時間の旅。
あまつさえ今回は寝台車両を確保。
快適な旅が約束されているはず。

2010/10/01

青島

翌朝、早速青島の町並み巡り。
青島の有名な桟橋に行ってみた。
結構な人混みで、桟橋で釣りをする人や近くに海水浴場もあるので桟橋付近を泳ぐ人もいた。
正直泳ぐには多少季節外れな涼しさだろうと思うのだが、泳ぐ人をよく見ると比較的年配の方々が多いのに驚いた。


桟橋から海岸沿いに歩くと魯迅公園がある。
なかなかゆったりした海沿いの公園でカップルなどが写真を撮ったりして楽しんでいた。
そこで小生もしばしまったりする。
海の沖を眺めると、海軍がミニ空母からヘリコプターの離着陸の訓練をしているのが臨める。


そして夕方、日本人女性の友人のMさんが青島に仕事で来ているので合流。
(Mさんとは都内の地元も小生と一緒) 青島ビール街まで移動し、ビール街のビアガーデンで海鮮料理を頂きながら本場の青島ビールを飲む。
やはり本場で飲む青島ビールは美味かった! そこでMさんに青島での生活や青島についていろいろ有益な情報を教えてもらう。
また、翌日は国慶節で仕事がお休みだとのことで、また青島を案内してくれた。  ふたりで海辺を歩いていると、学生風の中国人女性が話かけて来た。
ドイツ監獄博物館を探しているという。
小生達が日本語で「知ってる?」などと相談していると突然彼女も日本語で話出した。
聞くと大学で日本語を専攻しているとのこと。
結局探している場所はすぐ目の前にあり、ついでに小生らも彼女と一緒に参観することにした。 そこからもしばらく道中をともにしたが、中山公園で中国人女性とは別行動となる。  小生達はそのまま中山公園に突入。
広くて気持ちのいい公園。
露店にタコ焼きもどきと長沙臭豆腐が売っていたので買い食いする。
タコ焼きもどきは激甘。
臭豆腐はあまり臭くなく微妙な味わいでした。 翌日、天気が微妙だったが青島で有名なろう山へ。
この日も仕事がお休みなのでと、Mさんにお付き合い頂いた。


天気が微妙だったので絶景は拝めなかったが、楽しくろう山茶屋でまったり茶を頂くなど贅沢なひと時を過ごせました。


国慶節でしばらく賑やかになりそうな中国。