2011/09/30

台北~東京

台北の最後の日。
友人は、まだ台北の中正記念館や総統府などに行ってなかったので、それらを回る。


帰国日は朝が早いので、早めに宿に撤収。

今日、三ヶ月ぶりの日本。 まだまだ暑いね。。。

おわり

2011/09/28

台東~花莲~九份~台北

台東には、知本から遅い時間に到着したこともあり、とくにどこにも出かけず。
台東から花莲へ汽車で移動。
台東駅は、少し郊外にあり不便。
台東の町から直接花莲に行くバスも出ているが、朝6時に一本のみという。。。

花莲には昼前に到着。
そこから定番のタロコ見物に。
花莲の駅前で、タクシーをチャーター。
タロコまでの往復と簡単なガイド込みで2000台湾元(約6000円)。
まあ去年も行ったので、特別なものはなかった。。。


しかも友人は高所恐怖症で、あまり見物せず、、、。

タロコから戻ると、花莲の海岸付近にある夜市や無料で見ることができる少数民族の踊りを堪能。

翌日(本日)、汽車で九份に移動。
例の尾道のような町並みを見物してきた。
日本人だらけだった、、、。


そしてまた、九份から台北へ汽車で戻ってきた。。。
帰国まであと二日。
台北のどこに行こうかしら。。。

2011/09/26

高雄~墾丁~台東

高雄から今度は台湾の南端、墾丁へ移動。
88バスで308元。2時間程度。

墾丁では、新しく出来たという、ユース「背包客桟」へ。
ドミトリーで一泊300台湾元(約900円)。

部屋などの設備も綺麗で、海のそば。



海もまあまあ綺麗。
波は荒いのでサーファー向けか。
夜は、メインの大通りが夜市に変貌をとげ、にぎやかに。



引きつづき、墾丁から台東の知本へ。

まず墾丁からはバスで、枋寮駅へ移動。
そこから列車で知本駅へ。
知本温泉へ赴くが、あまりに閑散としてて、温泉自体も相当微妙。
時期が悪かったのかどうかしらないが、温泉に入る気にもならず、そのまま退散。

知本からバスで台東へ移動。
今現在、台東旧駅前の安宿に生息中。

2011/09/25

高雄

台北から今度は、台中、台南をスルーし、高雄へ。

台北から高雄へはお金の節約のためバスで移動。
390元。
このバス代は時間によって変動するらしい。。。

高雄では、日本人ゲストハウス「あひる家」で宿泊。
一泊500台湾元(約1500円)。


高雄の夜市などでまた台湾料理を満喫。

明日は墾丁へ移動予定。

2011/09/22

西安~上海~台湾

西安から今度は上海へ列車で移動。
上海では、上海人の暮らしを満喫。
カラオケや映画、そして、耳掻きからエステに至るまで、とことん上海を楽しむ。

そして、上海から今度は、飛行機で台湾へ移動。
1850人民元。
現在、台湾台北を探索中。

去年も来たので、なにも変わってないが、日本から友人が10日ほど台湾で遊びたいというので、その付き合いのために来たのだ。


今日は、定番の北投温泉に行き、滝の湯温泉に入った。
小生にとっては、かなり久々の湯船だった。




さらに、士林夜市で軽く摘まみ、帰りに友人の趣味のAKBショップ台湾で買い物。
そして、また定番の101へ。 歩きつかれた。。。

明日はウーライ温泉の予定。。。



翌日行ったウーライの模様。
思ったより微妙でした。



2011/09/09

西安-崋山

8日朝。
珍しく雨が降ってない。
いい天気とは言えない空模様ではあるが。
この日を逃すともう後がない、いざ、崋山へ!! と思ったら、財布の中に200元しかない!
西安から崋山までは、ちょっと距離がある。
崋山の門票が100元程度だとしても、交通費と食費などを考えると200元じゃいささか心細い。

ということで、朝から中国銀行へ出かける。
銀行は朝9時開店だが、幸いウルムチで作った銀行口座に2000元ほど預金がある。ATMさえあれば引き出せるのだ。
ちなみに換金した時、1万円で800元越えしていた。
小生が昔、16年ほど前北京に留学していた頃も普通に1万で800元を余裕で越えていたが、それ以来の快挙である。。。
颯爽と出かけるが、中国銀行は結構宿から遠い。歩いて2~30分くらいかかる。
しかも駅とは反対方向だ。

銀行で金を下ろし、さらに包子をほうばり、そのまま崋山行きのバスを探すため、西安駅の近くにあるバス乗り場へ向かう。
この時点ですでに9時半を過ぎている。

駅に着き、崋山行きバスを探すがなかなか見つからない。
駅前をうろついていると、二人組みの切符売りのおばさんに兵馬俑へ行かないか、と声をかけられる。
「もう昨日行ったよ、崋山に行きたいんだけど、バス乗り場どこ?」
とついでに尋ねてみる。
すると、崋山行きのバスは朝8時前までしかないよ、という。
「なに~?!」
また明日8時前に来て行きなさい、どうしても今日行きたいなら、クルマをチャーターしてあげるよ、600元で往復行けるよ、という。
600元で行くわけないだろうに。。。
高いからいいです、ありがとう。
と行って、去ろうとすると、 ところで、兵馬俑に行かないか?
とまた尋ねてくる。
だからもう昨日行ったって。
なぜ、一度行ったと言っているのにまた尋ねてくるのだろうか。
気が変わって兵馬俑行く行くぅ!と言うとでも思ったのだろうか。

いくらなんでも、8時前しかバスがないとは思えない。
崋山なら行く人も大勢いるはず。
引き続き探しつづけると、駅の隅の方に、崋山行きのバスを発見!!
「おお!あるじゃないか!!」
そう、あの手の中国人は商売のためなら平気でうそをつくので注意したい。

さて、その崋山行きバス。
片道36元、往復60元。
朝の7時から夜の7時まで運行しているとのこと。
小生は迷わず往復切符を購入。
このバスは、客が満席にならないと出発しない。
出発するまで30分以上掛かった。

そして、2時間弱で崋山へ到着。
時間はすでに午後1時。
バスが夜の7時で終わってしまうので、それまでに戻らなければならない。

このバスが到着した場所が、崋山の一番麓にあたる玉泉院という登山口。
どこまで登れるかわからないが、なるべく休憩なしで行ける所まで行こう、と登り始める。
登山口のそばに掲示されている地図を眺めていると、みやげ物屋らしき店からおっちゃんが出てきて登山についてのアドバイスを受ける。
崋山登山には軍手が必須だと、軍手を売りつけてくる。2元。
そして中腹まで3時間半くらいは掛かるという。
うーむ、今からだと頂上はおろか、中腹までも難しいな。。。

時間がないので、さっさと登り始める。
崋山も泰山同様、かなり道も整備され、清潔に保たれている。
山の景色も綺麗で、登山道のすぐそばには綺麗な川や滝も流れている。
しかし、登山客がほとんどいない。。。

しばらく道を行くと、崋山入り口の門と切符売り場が見えてきた。
なんと、門票は180元もした!!
やりたい放題だな。。。
まあ、綺麗に整備された登山道、そして美しい風景。
仕方あるまい。

若干うす曇りでガスっているのが気になるが。。。



玉泉院から入るとしばらくは緩やかな坂の道が続く。

そして1時間ほど登ると、階段が出現。
だんだんきつくなる。
さらには、ほとんど壁のような階段もあり、泰山に比べ、相当道は険しい。
足を踏み外したら、死亡間違いなしだ。。。
階段の左右には鎖のロープが張っていて、それを掴みながら登っていく。
軍手を買っておいてよかった。。。おっちゃんありがとう。


さらに1時間半ほど登ると山の中腹、記念亭というところにたどり着く。
たくさんの登山客が休んでいる。
ここには、別ルートの登山口からロープウェイでも来れるみたいなので、ほとんどの人はロープウェイで余裕で上がってきたようだ。
この時点ですでに15時半。
下山の時間も考慮すると、そうそうのんびりもしていられない。
もう少し登山を続ける。
記念亭からさらに擦耳崖という崖の道を登り、蒼龍嶺という絶壁まで登る。
さすが険峻さが特徴のこの崋山。
幅1メートルくらいの道に左右が崖という道もあり、しかもその階段も急。



登山客の角度を見るとどれほど急這いかわかるだろう。
登山としても、そしてアスレチック的な楽しさもあるこの崋山。
テンションもあがる。


しかし、ここいらでタイムオーバーのようだ。
ほとんど休憩なしのノンストップで登ってきて、体力も限界に近いのと、さらに下山の時間を考えるとそろそろ下り始めなければ帰るバスがなくなってしまう。
惜しいが、ここまで。
時間は16時半を回っていた。

ここから一気に下山する。
絶壁の階段なので、下山といえどスムーズにはいかない。
手綱を握りながら慎重に慎重に降りていく。

結局登りは3時間半、下りも2時間半も掛かった。
そしてなんとかバスに間に合って無事西安に帰ることができたのだった。。。
崋山は是非、もっかい早朝から来て、ゆっくり頂上目指したいのう。

また、夕方から登り始めて、中秋の名月を楽しんだり、日の出を楽しんだりする登山客もいるらしい。

2011/09/07

西安-兵馬俑

朝、やっぱり雨。
このままでは、本当にどこにも行かずしまいになってしまう。
意を決して、雨の中、出発することにする。
兵馬俑なら屋内だし、移動の時さえ我慢すればなんとかなるか。
まずは、西安駅に向かい、兵馬俑行きの目ぼしいバスを探す。
すると、それはすぐに見つかった。 兵馬俑を含む、東線と呼ばれる西安の観光コースを走るバスらしい。
値段も往復で20元とのことなので、雨の中、彷徨うのも嫌なので、兵馬俑に行くのならこれでいいやと、すぐに決めてしまった。
ところが、このバスは、驪山というところに行ってロープウェイに乗って、雨の中、傘をさしながら地味な山の見物をしたり、項羽と劉邦の博物館に行ったりと、割と地味なところばかり回り、挙句の果ては、玉売り場やみやげ物屋もコース内に入っているタイプのバスで、兵馬俑を含め、チケット代が別途275元も掛かってしまった。。。。
(兵馬俑オンリーだと110元)
これも、自分の中国語能力のなさのなせる業。。。
素直に、兵馬俑直通のバスを探して乗っていればよかった。。。
まあ、きちんと価値のわかる人には楽しいのだろうけど、小生はそうではない。。。。

んで、本題の兵馬俑だが。
だだっ広い公園のようなところがあり、その奥にいくと、かの有名な兵馬俑の土人形が大量に置かれてる体育館のような建物にたどり着く。
たしかに、広くてすごいが、、、




価値のわからない小生は1分で飽きて、その場を後にしたのだった。。。

夕方には完全に雨も上がっていた。

2011/09/06

西安

西安に来て3日目。
宿に篭る篭る。
ずっと雨。ひたすら雨。
激しい雨が間断なく続き、それは外に出かける気にさせない。
外に出るのは、せいぜい食事の時くらいか。
もちろんユースでも食事はできるが、なんせ高い。
新疆で贅沢の限りを尽くしてしまった小生は、残りの路銀も少ないことこの上ない。 今日も昼間からこうして日がな一日ネットをしているのみ。
予報によると、明日も雨、しばらく雨のようである。

暇。

友達は、小生のひざの上がお気に入りのニャン子のみ。


暇。

昨日は、ひとりで白酒を飲んでいると、男女の若い中国人が話しかけてきて、かたじけないことにビールを6本ほどおごってくれた。 だが彼らも、もう行ってしまった。 他に客は、欧米人か、おばちゃんの集団だけ。
おばちゃんの集団は、出来た料理が遅い!もう要らない!
とスタッフと喧嘩していた。
やかましか。

ただ、ここのユースは綺麗。非常に清潔だ。 トイレもこんな綺麗なトイレ、中国でかつて見たこと無いぞ!!というほど綺麗で、常に掃除されている模様。
シャワーもヘッド固定具も壊れてなく、しかも蛇口をひねった瞬間にお湯が出てくる。
中国で不思議に思うのは、何故か、9割方の宿で、シャワーヘッドの固定具が壊れていることだ。
たいてい、手でシャワーヘッドを持ってシャワーを浴びなければならない。
どういうメカニズムであれが壊れるのか。
いわんや、なぜ壊れてもそれを放置するのか。
あんなもん5分で修理できそうなものである。
中国七不思議のひとつである。
トイレにしてもそうだ。
どういうメカニズムで、あそこまでボロボロになるのか。
街行く車やバスも。
そして紙幣も、なにもかもボロボロだ。 どういうメカニズムであんなにボロボロになるの。 ボロ雑巾のように。。。

・・・西安に来た目的はふたつ。 崋山に登ることと、兵馬俑の見学だ。
3日も経って、まだひとつもミッションをクリアしていない。
まあ、雨が上がるまでしばらく、ここで翼を休めるのもいいか。 翼で思い出したが、中国では何故か「RED BULL」が流行っているようだ。
中国語で「紅牛」。
そのままだ。
そこかしこでキャンペーンをしながら売っている。
しかも安い。

レッドブル翼を授ける。。。

2011/09/04

西寧~西安

結局西寧の市街に汽車の切符売り場があったので、夜にすぐ出発できる切符があるか尋ねると、二等寝台はすべて売り切れだったが一等寝台は余っていたので迷わずそれを購入。
325元。
ちなみに現在は、西寧駅は工事中で閉鎖されており、メインが郊外にある西寧西駅に移されて運営されている。
張りぼてで作られたような駅だった。。。
さて、久々の一等寝台、楽しみに乗ってみると、やたらやかましい中国人父子とおとなしい中国人のじいさんと同じ部屋になった。。。
一等寝台はメンツによっては最悪と化す。
つまらないので、さっさと寝た。。。
21時15分初で、西安には翌朝の10時頃到着した。

西安も雨だった。。
やたらにぎやかな西安駅を抜け、大きな城壁を構える西安の城内へ入り、例によって青年旅館に宿探しに赴く。
とりあえず駅に一番近い七賢青年旅館に行ってみると、なんとかベッドに空きがあり入ることができた。
雨の中彷徨わずに済んだ。
四合院風の建物が特徴のこの宿。一泊50元と高い。
会員カードで45元にしてもらい、宿を確保。
すこし雨が上がってきたので、街に繰り出す。
城壁がある以外は、街中は普通の街だ。
ところどころ鐘楼など古式豊かな建物はあるが、いたって普通の街。


天気もよくないので、鐘楼を見て、適当な店で刀削面を食ってすぐに宿に戻ってきた。
ここの宿のラウンジは外見の四合院風建物とギャップがありすぎ。

2011/09/02

青海湖

本日、朝7時ごろ、雨音で眼が覚める。
まさかの雨。
せっかく青海湖に行くというのに。。。
しかも昨日、着ている以外のすべての着替えを洗濯して、屋上で干していたので、すべてがずぶぬれになっているだけにとどまらず、風でほとんど吹き飛んでおり、泥んこの水溜りに水没していた。。。。
朝から、また洗濯のやり直しだ。。。

ほどなくして出発の時間。
女性二人は、待ち合わせの宿のラウンジに降りてきていた。
車一台のチャーター代が500元とのことで、3人で割ることになる。

雨はなんとか上がったものの、空はどんより曇り空。
あまりいい景色は期待できないかもしれないという思いの中出発。
女性ふたりは、成都から一緒に来ており、青海省近辺をすこし旅しているとのことだ。

青海湖にいくまでの道中、ダンガー古城、そして原子力博物館なるところに寄ったが、まったく面白くなかった。。。


だが、青海湖に近づくにつれて壮大な大草原と砂漠が織り成す絶景を望めた。


朝8時より出発し、14時頃、青海湖の畔へ到着。
途中、雨に降られたりしたが、なんとか晴れた青海湖を望むことが出来た。


澄んだ水を湛える大きな塩水湖。
標高は湖面で3200Mほどあるという。



小一時間ほど、湖畔を堪能し、帰途につくが、途中、日月亭と拉鸡山というところに寄った。
日月亭は、まったくよくわからんただの公園みたいなところ。
5分と止まらずに移動。
拉鸡山は、標高が富士山より少し高いところで、ここも特になにもない。。。




全行程で350キロほど。
青海湖はなかなか楽しめたのでよしとしよう。。。
これで、ここ西寧に来た目的は果たした。

次の目的地は、西安。
さて、汽車で行くか、バスで行くか。

2011/09/01

ウルムチ~蘭州~西寧

31日。
ついに、上海女と別れる時がきた。(-公-、)
結構長い間、ずっと一緒に旅してきたので、なかなかさびしいものがある。
ホテルをチェックアウトして、一緒にウルムチ空港に向かう。
まさか、こんなに長い間新疆を旅するとは思いも寄らなかった。
せいぜいウルムチからカシュガルまで行って、すぐにそのまままたウルムチまで帰ってきて新疆はおしまい、だと思っていた。
だが、いろんな出会いで、新疆をよりよく知ることができた。
旅の出会いとはいいものである。
これまでは新疆は、ただの砂漠があるだけの町だと思っていた。
しかし、彼らに出会い、旅することで、新疆は草原や大自然が豊かな美しい場所だと知ることができた。
そしてウルムチの空港へは、北京エリートの彼がマイカーで送ってくれた。
これも旅の出会いの醍醐味である。
彼女は、上海へ帰り、そして、小生は蘭州へと、新たな旅に出る。

ウルムチから、蘭州まで飛行機で2時間半ほど。
出発時間は、18時半だったので、蘭州へは、21時頃到着した。
蘭州の空港から、蘭州の中心街へは、80キロほどあるため、中心街行きのリムジンバスが出ている。30元。 それに乗り込み、蘭州の中心街まで行くと、そこから、蘭州に新しく出来たという唯一の青年旅舎へ向かう。
この青年旅舎は、8月下旬にオープンしたばかりということで、まだほとんど知られていない。
実は、ここの旅舎のオーナーが、上海エリートの同級生が開業したということでここを紹介してくれたのだ。

正式名称
「蘭州花儿国際青年旅舍」
城关区段家滩路704号创意文化产业园内D区
6人ドミトリー部屋、1泊25元。

実際行ってみると、まだほとんど完成していなかった。。。
ラウンジやカウンターなどもまだ完成しておらず、正門もまだで、部屋には裏口の階段から登るといった有様で、チェックインも、スタッフの寝室で行うといった状況。
そして、ネットも開通していない。。。
また、実際には部屋が五つくらいと、トイレしかなく、大きなラウンジはまさに今、工事をしていて使えない。



まったくくつろげない状態なのだ。
当然、ラウンジは工事中なので、買い込んできた白酒も、裏口の階段に座って飲むという有様。


うーむ、来るんじゃなかった、、上海エリートめ、、、、。
しかし、その上海エリートの同級生のオーナーに直接いろいろ話をすることが出来た。
そのオーナーも、酒瓶を片手に、裏口の階段の踊り場に椅子を持ち込み、いろいろと二人で話をした。
もともとは、弁護士をしていたとのこと。
口げんかは嫌いだからと、弁護士を辞めて、青年旅館を開いたのだという。
また、バイクで中国大陸中を旅したという旅人でもある。
上海エリートとは似ても似つかない好青年であった。 実は、割愛したが、上海エリートは、上海女の身体を撫で回すスケベであった。
それゆえに、彼は彼女とベッドを共にすることを拒否されていた。

さて、小生も小瓶の白酒を二本空け、そろそろ寝ることに。 正直現時点ではこの青年旅館は居心地が悪いので、翌日足早に次の目的地、青海省西寧へと旅立つことにした。


9月1日(執筆当日の本日)。
朝から、蘭州にあるバスターミナル(東駅)から、西寧行きの切符を購入。
うわさでは、外国人は蘭州では、旅行保険に加入していないとバスの切符を売ってくれないとのことだったが、普通に切符を買うことができた。
56元。3時間ほどの道のり。

さすが蘭州、とくに、警察の安全検査もなく、スムーズに西寧に15時前に到着。
余談だがバスの車内では、非诚勿扰2が放映されていた。

この街は実は海抜2200Mくらいあり、少し涼しい。
町並みは至って普通。
さて、西寧についたらまずは宿探し。
ひとりになった小生は、迷わず青年旅館を探す。
西寧ではわりと有名という、雪域行者国際青年旅舎へ行く。
かなり空いていて、ラウンジにも旅客は誰もいない。


6人部屋ドミトリーを確保した。しかし40元と少し高め。 ここで、溜まった洗濯物を洗いながら、たまったブログを今日分まで一気に執筆。ちょっと疲れた。。。

ここで、こうして今日、ブログを書いていると、何気なく、若い女性ふたりが話しかけてきて、一緒に青海湖へ観光に行かないかと誘われた。
彼女たちは、ひとつの車をチャーターしていて、人数がふえれば、その分安くなるので、と提案してきてくれたのだ。
当然、小生がここ西寧に来た目的は青海湖にいくことだったので、快諾。

かくして、明日、朝8時より青海湖に行くことになった。。

伊寧~ウルムチ

28日朝。
伊寧の長距離バスターミナルで、ウルムチ行きの切符を買う。
朝10時発、180元。約10時間の道のり。

この日の19時頃、ウルムチへと到着した。
何故かウルムチは、かなり肌寒くなっていた。
とりあえずは宿探し。
上海女は、青年旅館は汚いから嫌だと、ホテルを探しはじめた。
小生も、ここまできたら、彼女にとことん付き合う。 中国のいたるところにある「如家快捷酒店」をチョイス。
一泊、280元。高い。
しかし、かなり清潔。

晩飯に、近くのレストランでビールと食事。
当然100元越え。
さらに、スーパーでワインを買い込み、部屋で飲み明かす。

翌日、29日。
なんだか、小生の左目のまぶたがかなり腫れてしこりが出来てきたので、病院へ。上海女にも付き添ってもらうう。
ちょっと小さくて汚いが、眼科のある病院が近くにあったので、そこで見てもらうことにした。
まずは診察登録、5元。
ほとんど患者はおらず、すぐに診てもらえることに。 眼科の先生は50歳過ぎのおばちゃんだった。
まぶたのしこりを診てもらうと、中に膿が溜まってるみたいだから、切って取り出さなければならない、という。
ここの病院ではできないから、近くの大病院で手術してください、とのこと。
ただ、このまましばらく放置しても、すぐにはさらに大きく腫れ上がることはないともいわれ、小生は、帰国してから改めて、日本の眼科で診てもらおうと決めた。

さて、小生は中国で銀行口座が作りたかったので、とりあえず中国銀行で口座を作ってみる。
広州では、口座を所有しているか、中国人の友達がいないと、両替はできないと言われたので、念のために今更だが、ここで作っておいた。

そして、まだ行ってなかった、ウルムチにある有名な国際大バザールに行ってみる。


建物は立派だが、売ってるものは、たいしたこともなく、すぐに飽きて帰る。


この日の夜、上海女がウルムチで知り合った、北京から出張でウルムチに来ているという公務員の男性(37)と3人で食事をすることに。
この男性もかなりのエリートで、電脳部門の軍人らしい。
そして満州族で、酒にめっぽう強い。
この日、3人でエリートが持ち込んだ高級白酒を2本空けた。

翌日、30日。
ウルムチの博物館へ行ってみる。
本物のミイラが目玉のこの博物館だか、この日はミイラが他の場所へ出張していたらしく、見ることは叶わなかった。
この日の夜、上海女の友達の友達のウルムチに住んでいて、旅行会社を経営している女性と食事をすることに。
上海女は、一ヶ月近くに及ぶ新疆の旅を終え、翌日の31日に上海へ帰るための飛行機のチケットをこの人に手配を依頼していたのだ。
ついでに小生も新疆の次の旅の予定地の蘭州の飛行機のチケットを安くできるからと手配を頼んでしまった。
ウルムチ~蘭州のチケット代1000元。
たしかに相場よりはかなり安い。
そして、上海女は、ウルムチ~上海のチケットを1600元で購入。
相場より、1000元以上安い。
ここの食事代160元も上海女のおごりであった。。。。

伊寧

25日夕方。
昭蘇にがっかりした我々ふたりは、足早にこの地を離れることにした。
バスターミナルより、伊寧へ向かうことにする。
伊寧付近にも、例によって大きな湖や草原などがあり、観光地になっている。
昭蘇は観光地としては少々マニアックすぎたのかもしれない。

さて、数時間ほどで伊寧へ到着。
伊寧は、ウルムチと並ぶ新疆の大都市のひとつだ。
町並みもほとんどウルムチと変わらず、漢民族も多く生活している。 夜も更けてきたので、ホテルへ向かう。
かなり高級そうなホテルだ。
部屋代は280元ほど。その割りにはネット環境がないという。
部屋に入ってみると、少し汚い。
上海女は、こんな部屋いやだと、ホテルを換える。
タクシーで、安くて綺麗でネットの出来るホテルに連れて行ってもらう。 今度のホテルは、彼女も納得の部屋。ネットもできるしここに決めた。
一泊240元ほど。

ちなみに、上海の彼女は結構な金持ち。
小生など、二人で割り勘しても240元は引いてしまうのだが、彼女は違う。
食事などでも、一回の食事でふたりで100元越えなどざらだ。
無論、小生がおごっているわけではない。
むしろ、彼女の方が多く払っているほどだ。
なにしろ、普段上海にいるときなど、財布に6000元以上入っていないと不安になると豪語しているほどなのだ。
恐ろしい。。。上海ってこんなにバブリーなの??

さて、宿を確保した我々は、伊寧の街にくりだし、晩御飯を食べに行く。
近くに夜市があったので、そこで野菜炒めや焼き魚、羊肉串などをいただく。
なかなかうまい。
そしてビールで乾杯だ。
さらに、市場でワインを物色し、100元ほどのワインと30元のワインを購入、部屋に帰り、乾杯した。
ちなみに、新疆では葡萄が名産であり、干し葡萄が人気。
ワインもトルファン産が多いので、それをチョイスした。
それほど高いワインではないが、なかなかおいしく頂いた。
まあ、ワインに関しては、あまり味の良し悪しはわからんのだが。。。
100元と30元のワインの違いもほとんどわからんかったし。

翌日(26日)、雨。
雨のせいでどこにも行く気がしない。
昼まで部屋でだらだら。
腹が減ったので、回族のちょっと高級なお店でランチ。
かなり清潔な店で、数品を注文、かなりおいしかった。
ここでも100元越え。
また、スーパーへ行きワインを二本購入。
部屋に帰り、ゆっくり飲み明かす。


さらに翌日(27日)、また雨。

またまたどこにも行く気がしない。
同じように、だらだら部屋で過ごし、夜は酒。

翌日(28日)朝、もう結局草原や湖もなんだか行き飽きたのでと、伊寧では三連泊したが、どこにもでかけずにそのままウルムチへ帰ることにした。

新源~昭蘇~夏塔

24日。
朝、新源から昭蘇へ、長距離バスで移動。
44元で4時間くらい。 途中、警察の安全検査に捕まる。
そこで新源は、外国人未公開地区だと知らされる。
しかし、昭蘇はOKとのことで、なんとかバスを降ろされずに済んだ。
ちなみに、新源のホテルでは、上海女の身分証で泊まっている。
結構、宿泊者全員の身分証を求めないところもあるので、必要がなければ、面倒なので、日本人である小生のパスポートは出さないようにして、中国人を装うようにしている。

さて、昭蘇へ昼過ぎに到着。
ウイグル族やカザフ族が多く占めている街だが町並みは至って普通。
昭蘇の街自体にはなにもないが、周辺にはやはり草原や牧場、雪山や温泉などまであるらしい。

ここからさらに、車タイプの乗り合いタクシーに乗り、温泉などもある夏塔というところへ移動。
一人20元で一時間くらい。
ところが、夏塔の手前まで来ると、例によって警察の安全検査に捕まる。
なんと、夏塔は外国人は昭蘇で登録してからでないと通すことが出来ないという。
夏塔はカザフスタンとの国境に当たるため、何が起きても自己責任とするための許諾と証明書が必要なのだという。 せっかく夏塔の手前まで来たが、小生と上海女は車を降ろされてしまった。
こんな大草原のど真ん中で下ろされても困ってしまう。
しかし、警察官が、昭蘇方面に向かっている車を止めてくれて、昭蘇までただで乗せていってくれるよう頼んでくれたので、なんとか昭蘇までは戻ることができた。
しかし、なんと昭蘇に着くと、運転手はタクシーでもないのに運賃を要求してきた。
しかたなく金を払う。
40元。。。

そして、そのまま公安(警察署)へ行き、許可書を取得。
今日はもう遅くなってしまったので、翌日改めて行くことにする。
ちなみに、泊まるホテルも、警察が指定してきた。
三ツ星ホテルで、1泊200元ほど。
そこでは小生のパスポートの提示も求められた。

今ではそれほど厳しくなくなったが、昔は男女で同じ部屋を取ると結婚証明書のようなものを求められていた。
ここでも、我々ふたりの関係を聞かれるが、上海女は、彼(小生)とは婚約してるんですと、ことも何気にうそをつき、ひとつの部屋に泊まる。
中国では一人でも二人でも部屋代は同じなので安く済む。
部屋は結構綺麗で快適。
だがもともと上海女が、かなりの綺麗好きなので、汚い部屋だと容赦なく部屋を換えたりするのだが。

翌日、再び、夏塔へ。
今度は、許可証を取ってあるので、すんなり夏塔の街へ入ることが出来た。
さらに夏塔から温泉へ移動するためにまたしても車をチャーターしなくてはならない。
ウイグル人の車をチャーター。
往復で150元。
夏塔は、ほとんど道がダート(砂利道)で、しかも相当の悪路だ。
温泉までのおよそ1時間ほどの悪路の道のりをひた走る。
一回いくだけで、かなり車の寿命が縮みそうだ。
150元というのもなんとなく納得できる。
また、温泉までの風景も絶景である。
しばらく走ると温泉地へ到達した。


ところが着いてびっくり。
風景はいいのだが、施設がしょぼすぎた。


汚い小屋に、さらに質の悪そうなお湯。


温泉までの道のりの途中でも、名所とされるところを通ったのだが、それらがあまりにもしょぼすぎて悪い予感はしていたのだが。 事前調査では昭蘇で絶対行くべきは温泉だと聞かされていたので拍子抜けしてしまった。
そもそも、観光客などひとりもいないではないか。
一体なんなんだ。
当然、我々は温泉にも入らず、30分ほどで、また夏塔へ引き返し、さらに夏塔はこの温泉以外はないとのことで、また昭蘇まで引き返した。。。



トイレに到ってはこの有様。
板が腐っておりそのまま落ちてしまいそう。
かなり上級者向けのトイレであった。

バーインブルク~那拉提~新源

その日の夕方。(22日)
バーインブルクを堪能した我々3人パーティは、その日の内に今度は、那拉提へ移動することにする。 那拉提もやはり草原が綺麗なところ。 バーインブルクから那拉提に移動するには、バスでなく、車をチャーターする必要がある。
我々3人パーティ以外に、那拉提へ向かうという二人の中国人バックパッカーを掴まえ、5人で車をチャーター。
一人頭100元で計500元。
ちょっと高い気もするが、まあ仕方ない。

夜の帳が降り始める頃に車は那拉提へと出発。 まだこの辺りは、道路の整備があまり進んでおらず、いたるところで工事をしている。
工事で道路のゲートがしまっている所を無理矢理入り移動。
そこを40キロほど進むと、案の定、工事中で、大きな重機とロードローラーが工事で道を塞いでいた。
これはどう見ても通り抜けられない。
すると、チャーター車は、道路脇の砂利道(大きな側溝)に退避して、大きな重機とロードローラーが通り抜けていくのを待つことに。
時速10メートルくらいで、重機とロードローラーは、手前に向かってアスファルトで固めた道を造ってゆく。
2時間ほどして、重機とロードローラーが通り抜けた後、いざ出発しようとするが、なんと、脇道の砂利が深すぎたのか、車が道路に上がれない!!
タイヤがスリップしてしまい、まったく動かない。
乗客全員で、推せども引けどもびくともしない。
その側溝は結構な深さであり、人力ではもはや上げられそうに無い。
1時間ほど頑張ったが、どうしても上がらないので、運転手はロードローラーに戻ってきてもらい、ロードローラーにロープをつなぎ、引っ張り上げてもらう。
さすがロードローラー!
馬力が違う!一発で、側溝に落ちた車をひっぱり上げた。 こうしてようやく、車は再び走り出した。
このせいで、3時間ほどの時間のロスをした。。。

やがて、車は那拉提に到着。
その街で偶然、青年旅館を発見し、5人はそこへ滑り込む。
2人のパッカーはそれぞれ、ドミトリーへ。
我々3人は、ベッドの空きが無かったので、標準間(ベッドが三つ以上ある部屋)へと入った。

翌朝、宿の電気と水道が工事で止まっていた。
上海エリートは、急の仕事が入り、一人、そのまま朝から先に上海へ帰ってしまう。

小生と上海女は、ふたり、宿でしばらくボーっとする。
しかし、電気と水が止まっていては、ネットも出来ないし、糞もできない。
しかし、すでに糞が我慢できなかった上海女は、流せない便器に糞をしていた。
小生も糞を催し、糞が溜まった便器で糞をしようとしたが、上海女がそこでしないでという。
やむを得ず、こっそり他の客がいない部屋に入りこみ、糞をしまくるという悪の限りを尽くす。
もうこんなとこヤダ、ということで、我々二人もチェックアウトする。
さらにふたりで話し合った結果、那拉提の草原は、バーインブルクで堪能したことだし、いくのをやめよう、ということで、別の場所へ移動することにする。

次のターゲットは、馬の牧場や綺麗な雪山、そして温泉などもある昭蘇というところ。
那拉提から昭蘇へ移動するには、まず長距離バスターミナルで、新源というところへ移動する必要がある。
新源までおよそ3時間くらいだったか。
そこから、さらにそのまま引き続き昭蘇へ移動しようとするが、今日はすでに昭蘇行きは終わっており、一旦この街で宿を探すことに。

新源も少し小さめのなんの変哲も無い街。
ウイグル族も多く住んでいるようだ。
バスターミナルに程近いホテルを見つけ、そこへふたりでチェックイン。
彼女はもはや、小生と部屋を共にすることに、なんのためらいも無い様子だった。

せっかくなので、新源の街をふたりで少しぶらつく。
上海の彼女はかなりの酒飲みであり、スーパーで白酒を買い込むと、それを片手に、新疆のレストランへ突入。
基本的に新疆系レストランでの飲酒はNGであるが、飲酒用のスペースが別に用意されている新疆レストランもある。
ここも同様に飲酒スペースがあり、そこで久々の白酒を堪能した。


ちなみに彼女の酒の強さは小生とほぼ同くらいか。